東京地下ラボ

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03 Prototyping

時代背景の設定

温暖化による海面上昇で、土地不足が問題となっている世界。
対策として、日本各地で海上都市の建設が急速に進められる。
海上都市では、行政制度の整備が追いつかない代わりに自律分散型社会の構築が試みられ、下水道などのインフラも分散型システムが導入される。

Other Sides of The Float
-2070年の海上都市と下水道-

海上都市のあり方をめぐるストーリーを、3Dアニメーションと文章で表現。
舞台となる海上都市「フロートI」は、9つの人工島で構成される。
下水処理システムは島の下に分散配置されており、互いにパイプで繋がれている。
そのシステムのトラブルをきっかけに集った市民たちが、フロートIの風景を変えようと試行錯誤する。
都市そして下水道が分散型システムになった未来で、どういった利点や問題があり得るかを考察した物語。

ストーリーの舞台「フロートI」全体図

〈1.カイト、フロートIに帰郷〉

カイト「また旅が終わったな。」
貨車を引き連れた列車が出発し、ひとり海辺の駅に残された20代の青年。
カイトは、沖へ向かって伸びる連絡橋に仕方なく足を向ける。

連絡橋の先にあるのは、フロートI。
海面上昇による土地不足への対応として、2060年代後半から日本各地で建設されている海上都市のひとつだ。60年代前半に開発された超軽量素材によって、水に浮く人工島とパイプが生産されるようになり、こうした都市のあり方が可能となった。
建設計画は前期と後期に分かれ、フロートIは前期に建設された。現在は後期の段階で、他の地域ではフロートの建設が続いている。

迅速な建設が優先され、地方自治法の改正は後回しにされたため、フロートに中央機関は設置されていない。
そのため、合意形成やインフラなどのシステムは分散型だ。
都市構造は、複数の島とそれらを繋ぐパイプ橋から成り、各島の地上には建物、水面下には各種設備が配置されている。パイプ橋の内部には上下水道管や電線、通信ケーブルなどがあり、設備同士を繋ぐ役割を担っている。
ただ、フロートIには島が全部で9つしか存在せず、フロートAやBと比べたらとても小さい。
前期10都市の中では、余り物のような存在だ。

カイトはフロートIの入口であるポートにたどり着き、そのまま自宅のある右の島へ向かう。
彼の視界の左端に公園が映るが、賑わっている様子はない。
他の大規模なフロートが過密になっている一方、フロートIの人口は当初の想定を下回っている。人もいない、景色も代わり映えしないこのフロートから、カイトは脱出するように何度も旅に出ていた。しかし、それにも飽き始めているようだ。

カイトは自宅に着き、玄関を開ける。
彼が今回の旅を終わらせたきっかけは、昨日届いた下水処理システムのトラブルの通知だった。彼は目の前のモニターを操作し、トラブルの詳細を再度確認する。
フロートの下水処理システムも分散型で、大規模な下水処理場は存在しない。
各島の水面下には、①第一沈殿槽、②反応槽、③第二沈殿槽のいずれかが配備されている。
まず、②の島と③の島から出た下水が、パイプ橋を通じて①の島に集められる。そのあと下水はパイプ橋で②③と順に送られ、最後に海へ放出される。このような処理ルートがフロートIでは3つ存在し、各ルートが独立して稼働している。処理の仕組みは数十年前に比べて簡略化しているが、新種の微生物の活用などにより処理後の水質ははるかに向上している。

カイトの自宅がある島には、③第二沈殿槽が配備されている。本来、②反応槽から下水とともに送られてくる微生物はパイプ橋を通じて送り返されるはずだが、その返送機能が滞っているというのがトラブルの内容だった。
島同士を繋ぐパイプ橋はもう1つあるうえに予備の処理ルートもあるため、急を要する問題ではない。ただ中央機関の存在しないフロートでは、こうしたトラブルも市民自身が解決にあたる。

カイトがモニター上の”Solve”ボタンを押すと、床から円柱形の金属ケースがせり上がってくる。この中には微生物が保管されており、カイトはこれを②反応槽がある隣島に届けなければならない。

〈2.メタバースの若者ユウと、フロートIの長老アイ氏〉

カイト「それにしても、隣島に住んでいる人なんて一度も見かけたことがないな。」
ケースを片手に隣島へ向かうカイト。建物の前に着いてインターホンに呼び掛けようとしたとき、玄関の横の看板に気づく。
看板「Only 12:00~12:30, 19:00~19:30」
カイト「……飯時しかいないということか?」
まだ時刻は11時だったため、カイトは1時間ほど待つことにする。
12時になり再び訪れると、カイトと同年代の若者がスマートグラスを着けたまま玄関から出てきた。

カイト「はじめまして、隣人のカイトです。」
ユウ「…どうも、ユウです。」
カイト「これ、下水処理システムの微生物です。パイプ橋から返送されていなかったようなので、届けにきました。」
カイトはユウに対して、金属ケースを差し出す。
ユウ「ああ。気付いてませんでした。わざわざすみません。」
カイト「いつもはここにいないんですか?」
ユウ「ええ。…いるにはいるんですけど、メタバースにいるもので。VTOWNという。」
カイト「ああ、それでスマートグラスを。」
ユウ「……あの、システムの修理はどうすれば良いでしょう?」
カイト「モニターによると、ケースをそちらでセットしていただければ応急措置にはなりますが、根本的にはパイプの交換が必要なようです。」
ユウ「なるほど。ということは、アイ氏を訪ねることになりそうですね。」

ユウの靴探しをしばし待ったのち、カイトたちは隣のアイ氏の島へ向かう。アイ氏という名の老人は、フロートI建設の指揮を担当した者であり、現在もシステム維持のサポートを続けている。アイ氏の本名は別にあるようだが、そのような経緯もあって今の名で呼ばれている。アイ氏の島には、2人の島の下水が最初に集められる、①第一沈殿槽が配備されている。

カイト「こんにちは。下水処理システムのトラブルの件で、伺いました。」
アイ氏「やあ。あなたはもしかしたら、合同開市式以来かもしれないね。」
カイト「おそらくそうですね。それで、交換用のパイプが必要なのですが。」
アイ氏「それなら島に立っているパイプ柱を、そのまま新しいパイプ橋として使える。ただ、そのままだと地面から切り離せないから、これを使うといい。」
アイ氏は、一辺が10cmほどのキューブを差し出す。パイプ柱とパイプ橋は、全く同じパイプで構成されており、通常時は島とパイプあるいはパイプ同士で連結している。パイプの端部には穴が設けられており、その穴にキューブを装着すると連結が解かれる仕組みになっている。
アイ氏「後期16都市では、インフラの復旧作業も当事者で完結できるそうだけれど、フロートIでは私が間に入ることになっている。キューブの管理役としてね。このキューブが装着されたパイプ柱は、地面から切り離して運ぶことができる。パイプは高さ3mだけれど超軽量だから、1人1本運ぶのは造作ない。パイプ橋の端部にもキューブを装着すれば、島から切り離すことができる。」
ユウ「故障したパイプ橋はどうすれば?」
アイ氏「陸に送って修理することになっているけれど、あのポートの状況だからね。」
カイトとユウは振り返って、ポートの方に目を向ける。
アイ氏「あそこには3箇所に上下2段、計6本のパイプが立てられているけれど、みな修理待ちでね。」
カイト「設備が至る所にあると、修理箇所も増えてくるものですね。」
ユウ「修理が滞っているのは、フロートM建設の影響で?」
フロートIの西方では、後期に計画されたフロートMの建設が進められている。鉄道も船も、向こうへの資材運搬で手一杯の状況だ。
アイ氏「その通り。とりあえずパイプは、島の間に浮かべておいてもらうのがいいかもね。」

〈3.橋になるパイプ柱と、行き場のないパイプ橋〉

アイ氏からいくつかのキューブを受け取ったカイトとユウは、故障したパイプ橋に移動する。
パイプ橋は、向かい合う島からパイプがそれぞれ1本ずつ伸びて、中央で連結する構造になっている。だから2人はパイプ橋を島から取り外すために、まず橋の中央で2本のパイプの端部にそれぞれキューブを装着し、パイプ同士の連結を解く。次にそれぞれの島に戻り、自分の島と連結している側のパイプの端部にもキューブを装着する。これによってパイプは、島からも切り離される。

続いて2人は、それぞれの島に立つパイプ柱の根元にキューブを装着し、島の地面からパイプを切り離す。それを横向きに抱えて、先ほどパイプ橋があったあたりの海に放り出す。
海面に浮かんだパイプの端部を島の縁に合わせて、パイプから再びキューブを取り外す。これによってパイプが島と連結される。このとき自分の島と連結されたパイプと、向こうの島と連結されたパイプが真っ直ぐ繋がるように気をつける。キューブが装着されていない端部同士が接すると、パイプは磁石のように連結される。
こうして、パイプ柱だった2本のパイプが新しいパイプ橋となる。
ユウ「これで作業は完了ですね。…故障したパイプはどうしましょう。浮かべたままにしておくのは、やはり気になりますし。」

島の間で浮かんでいる2本のパイプをしばらく見つめたのち、カイトは余ったキューブを取り出す。
カイト「このキューブで、ポートのパイプ柱も切り離してみるか。」
ユウ「……え?」

カイトはポートへ行き、そこに立つ柱にキューブを装着して地面から切り離していく。ついてきたユウは、不思議そうにその様子を眺める。
ユウ「確かにこれらのパイプも修理待ちですけど、切り離してどうするんですか?」 カイト「どうせ使われずに置かれているなら、このパイプたちを使って何か新しいパビリオンを建てるんだよ。ここの6本とさっきの2本を使えば、ポートか公園に何か建てることができる。きっと、このフロートの景色も面白くなるはずだ。」 ユウ「ほう……」
その様子を見たアイ氏もポートにやってくる。
アイ氏「何をしている?」
カイトは、自分のアイデアをアイ氏に説明する。
カイト「フロートIに新しいシンボルができれば、外の人が興味を持ってくれるかもしれない。人がたくさんいることが正しいわけではないけれど、もう少し賑わいがあっても良くありませんか?」
アイ氏「なるほど。そのチャレンジは意義があるし、私も止めたくはない。別に私自身はフロートIの役人ではないから、どうこう言う権限もない。ただ、フロート内で新しい建造物をつくる際は、前期10都市間である程度の賛同を得なければならないことになっている。」
前期10都市では建設当初、中央機関が存在しない状況をプラスに捉えて、移住予定の市民が主体となって都市計画を考える試みがあった。しかし、それぞれの要望を取り入れていった結果、相異なる複数のプランが乱立。フロート建設計画を管理していたブロックチェーンが機能停止するなど、混乱が生じた。土地の確保を急いでいた国が結局介入することになり、市民の考案したプランはほとんど白紙になった過去がある。開市後も多くの市民は、フロートに対して手を加えることに慎重になっていた。あるフロートのレイアウトが変更される際は、他のフロートによる助言・賛同を必要とするようになった。
アイ氏「あなたが移住者名簿に加わったのは、試みが頓挫して国が介入した後だったから、知らなかったのかもしれない。ユウは当時熱心にプラン作成に参加していたね。」
ユウ「ええ。現実の建物は、とりあえず建ててみようということが難しい。だから、複数のプランを試しに形にして比較することが出来ず、結局まとめられなかった。仮想空間ならスクラップアンドビルドが容易いから、そんな苦労もないんですよ。」 カイトは目を伏せる。せっかく自分の町に向き合う気になったが、やはり現実の景色を変えることは難しいと思い知る。かといって、ユウのようにメタバースに入り込む気にはならない。カイトは渋々、まだ訪れていない旅先がないか頭の中で探し始める。

〈4.VTOWNのGOと、フロートMのキューブ〉

ユウ「……ただ、パビリオンを海面に建てるのなら賛同はいらないのでは?」
カイトは再び意識を現実に戻し、ユウの顔を見る。アイ氏も、目を見開く。
ユウ「VTOWNでは、水面として設定されたテクスチャの上にも普通に3Dモデルを配置できるので、そこから思いついたアイデアですが。海面はその取り決めの範囲に含まれないのではないかと。」
アイ氏「確かに、島の上に手を加える際には賛同が必要だけれど、島の間の海に手を加えることには何の取り決めもない。そもそも、今までそんなことをした例はない。」
カイト「…なら、大丈夫でしょうか。」
アイ氏「また混乱が生じない限りは、問題ないだろう。私自身、自分たちのフロートを自由にいじれないことが歯痒くてね。この試みは応援したい。もし他のフロートが介入してきたら、説得しておこう。」
カイトは再びキューブを手に持ち、ポートを見渡す。ただ、現実の海面に何かを建てるのは、仮想空間ほど自由のきくことではない。
ユウ「まあ、パイプは海面じゃ横になって浮かぶことしか出来なさそうですが…。せいぜい、大きな筏が作れるくらいでしょうか。」
カイトはふと考え込む。フロートIの景色を面白く変えるためには、せめて筏以上の何かを作りたい。しばらく考えたのちに、彼は旅の途中で聞いた噂を思い出す。
カイト「今建設中の後期16都市では、パイプを水中に固定できるキューブが導入されていると聞いたことがあるのですが、本当ですか?」
アイ氏「それは私も聞いたことがある。パイプの端部を水中に入れた状態でそのキューブを装着すると、支えがなくてもパイプが動かなくなるらしい。工事中のパイプの保管を効率化するための技術だそうだが。」
カイト「それを使えば、もっと立体的なパビリオンを作ることができます。パイプの片方の端を水中に固定すれば、もう片方の端を水面から突き出せるわけですから。」 アイ氏「しかし、そんなキューブはフロートIにはないが…。」
ユウ「フロートMにはありますよね?」
アイ氏「…そうだな。フロートMは、後期16都市の一角だからね。」
ユウ「VTOWNでの友人に、フロートMに移住する人がいます。その人に頼んでみますので、キューブを貸していただけませんか?」
アイ氏からキューブを新たに受け取ったユウは、自宅の島へ戻っていく。その姿を見つめるカイトは、メタバースもれっきとした都市なのだなと考えを改め始める。

自宅に戻りVTOWNに入り込んだユウは、GOというハンドルネームの友人に会いに行く。
GO「やあ、YUさん。昼過ぎに現れなかったときは、どうしたのかと思ったよ。」
ユウ「久々にフロートIで用事が出来てね。GOさんと話すときは現実空間のことをほとんど話題にしてこなかったけど、GOさんはもうフロートMに移住してるの?」
GO「うん、一部の島の建設はすでに完了しているからね。今は、まだ建設中の島のプランに関わっているよ。」
ユウ「えっ、市民が関われるのか。」
GO「前期10都市があるから、後期16都市の建設はそこまで急ぐ必要がないんだ。だから、国が介入することもない。」
ユウ「そうなのか。」
GO「それに前期の教訓を生かして、移住する市民は都市計画や合意形成の方法について学んでいる。だから、市民主体でも混乱なくプランを検討できているんだ。時間はかかるけど、みんなプランの検討に自分事として励んでいるから、良いフロートになると思うよ。」
ユウはフロートIが建設されたばかりの頃を思い出す。自分たちの考えたプランは結局無駄になって、一緒に考えていた人達もフロートIにこだわりを持たなくなり、次第に他の大きなフロートへ移っていった。同じ頃インターネットに登場したVTOWNを見つけたユウは、フロートIでの借りを返すかのように、初期ユーザーとしてVTOWNの拡張にのめり込むようになった。今のフロートMの状況は、ユウにとってどこか羨ましいものだった。
GO「だから、例のキューブも市民に提供されているんだ。これ。」
GOのアバターは、手に持っていたキューブを差し出す。
ユウ「これが欲しかったんだ。ありがとう。」
ユウのアバターも、手に持っていたキューブを差し出して、GOの持っているキューブと重ねる。程なくしてキューブの同期が完了し、ユウの持っているキューブに新たな機能が追加されるようになる。
GO「それにしてもあのYUさんが、急にまた現実空間に興味を持つようになるなんてね。」
ユウ「いえ。でもやっぱり、現実の都市も捨てたものじゃないなと思ってね…。」

〈5.海の噴水と、新たな島〉

機能がコピーされたキューブを持って、ユウがポートへ戻る。
準備を整えた3人はパイプを集めて、海面にパビリオンを作り始める。それぞれがデザインの案を出しながら、パイプやキューブを組み合わせていく。そして2日がかりでフロートIの海面に、噴水が完成する。パイプ4本を組み合わせた大きな柱の周りを、さらに4本のパイプが囲み、それらが海面から空に向かって伸び、水を噴き上げている。
この噴水の噂はVTOWNを通じて広まっていき、一目見ようとする人々がちらほらフロートIを訪れるようになる。

1ヶ月後、3人は再び噴水のもとに集まる。
カイト「綺麗な噴水になったね。」
アイ氏「もともとパイプには水を送り出す機能があるから、それを海面に立てれば海水を空に噴き出してくれる。なかなか上手いやり方だったね。」
ユウ「最初は、下水の臭いを取るために洗うのが大変だったけどね。」
カイト「でも噴水のおかげで、フロートIにも人が集まるようになったね。」
アイ氏「この前ついに、ここへ移住したいという人が現れて、新しく島を増設する計画が始まっている。市民受け入れのためならと、さすがに他のフロートも即賛同してくれたよ。」
ユウ「島の増設というと、なかなか大変そう。」
アイ氏「といっても島本体と、向かいの2島と繋げるためのパイプ橋を、工場から運んでくればいい。島に建てる建物のデザインは、本人が設計士と考えているそうだ。」
カイト「下水道とかのインフラは簡単に拡張できるから、島がもう少し増えていくといいな。」
ユウ「ただ、故障するパイプも増えないといいけど。」
アイ氏「そうなったら、また新しいパビリオンを作るか。」
陸から貨車、海から船の音が聞こえてくる。

<fin>

東京大学 浦田泰河

工学部建築学科在学中。4月から東大院学際情報学府に進学予定。
「仮想鉄道」、現実の都市と仮想都市の接続をテーマに、マルチメディアコンテンツを制作する。
Twitter: https://twitter.com/ekito_line
Instagram: https://www.instagram.com/ekito_line
〔Ekito | 駅人〕

成果報告会でのプレゼンの様子

東京地下ラボ事務局 tokyogesuido@prk.co.jp